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| ☆ひとりごと | |
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20.8.6 |
統幕長と防衛省改革会議報告書 |
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------------------------------------------- 先月開催された北海道洞爺湖サミットにおいては、各国首脳により、地球環境問題やエネルギー問題等が協議されました。特に地球環境問題に関しては、以前は、大きな問題として取り上げられることはありませんでしたが、地球温暖化の現象が現実に観測されていること等を受け、近年は世界全体の課題として大きく取り上げられるようになってきていると認識しています。このような変化に対応すべく、二酸化炭素の削減や低燃費のための技術開発等、企業においては、様々な取り組みが行われています。 さて、先月15日、政府の防衛省改革会議より、防衛省改革に関する検討結果をとりまとめた報告書が総理大臣に提出されました。本報告書は、幅広い知見と経験を有する有識者の方々による国民の目線に立った議論がなされた結果であり、示唆に富んだ内容となっていると認識しています。報告書においては、不祥事の検討・分析を踏まえ、「規則遵守の徹底」、「プロフェッショナリズムの確立」、「全体最適をめざした任務遂行優先型の業務運営の確立」の3つの改革のための原則が示され、これらの原則に関連する具体的な措置や改革を担保するために必要な組織改革等が提言されています。これを受け、防衛省においては防衛省改革本部を設置、統合幕僚監部としても統幕組織検討委員会を設置し、改善措置の実行に着手しているところです。今後、具体的な施策や組織の改編について明らかにしていくことになりますが、これに魂を込めることができなければ「絵に描いた餅」となってしまいます。なるべく早期に、そして、できることから実施し、魂のこもった改革となるよう、全隊員一丸となって努力して参りたいと思っています。 話は変わりますが、企業においても、環境の変化への対応、業績の向上、あるいは生き残りのために、各種施策や様々な組織改革を行っています。この際、経営コンサルタントを活用する場合もありますが、あるコンサルタントの方が興味深いことを述べています。それは、市場分析、競合分析、自社分析等多角的な角度から分析して合理的な企業戦略を提言し、企業トップが共感し、それを採用したにもかかわらず、思うような成果を出せないケースも少なくないということです。結果を出したケースを見ると、戦略を実行する社員が極めて高い当事者意識をもって議論をし、戦略の実現に取り組んでいるという共通点がありますが、実は、この一人一人が当事者意識を持つという「当たり前」のことが大変難しいのだそうです。 防衛省改革として、不祥事の再発防止のための具体的施策の実行や組織の改編等に取り組んでいくに当たり、隊員一人一人が当事者意識を強く持って改革を実現していくことが極めて重要であるということを忘れてはならないと思っています。企業と防衛省では組織の目的等について違いはあるものの、当たり前のことを当たり前のようにやることが今我々に求められているのではないかと考えています。 統合幕僚長 海将 --------------------------------------------- 第2段落目の主題になっている「防衛省改革に関する検討結果をとりまとめた報告書」は↓で見られます。
内容は、一言で言えば、おざなりです。 で、出された結論は、統幕長のあいさつ2段落目にでてくる「規則遵守の徹底」「プロフェッショナリズムの確立」「全体最適をめざした任務遂行優先型の業務運営の確立」なのですが、こんなことですかねぇ。どう思いますか、皆さん? さてもう一度、統幕長のあいさつに戻りますが、その辺のところについての感想を、統幕長はこの第3段落目に書いているのかな、と思いました。(‥深読みかもしれませんが。) その第3段落目には、企業でも改革が行なわれているが、結局その成否は構成員の「一人一人が(まっとうな)当事者意識を持つ」ことがポイントであって、その「『当たり前』のことが大変難しい」のだ、と書いてあります。 つまり、統幕長の言い分は、防衛省改革会議で報告書が作られたけれども、「一人一人が(まっとうな)当事者意識を持つ」という大事な観点が抜けてるんじゃねぇの?ということではないかと私には聞こえるのですね。 報告書は、この部分に全く触れておらず、そこに至る手前で身をひるがえし議論を完全にU-ターンさせております。私は、全面的にここに集中して議論を展開せよ、と言っているのではありません。こういう根っこの部分を触れないのは、おかしいのではないですか?真面目にやっているのですか?と言いたいのです。 つまりは、あの防衛省改革会議のそうそうたる(?)メンバーでは無理だったのです。
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| ☆ひとりごと | |
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20.5.20 |
トールペイントに血が騒ぐ? |
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私が海上自衛隊に勤務しておりましたときの部下に当たるベテランパイロットが定年退職しまして、始めたのが、自営業。
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| ☆ひとりごと | |
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20.3.2 |
裁判三題 |
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2月19日未明野島崎沖で発生した「あたご・清徳丸衝突事故」に関連して、いわゆる「なだしお事件」の裁判について書かれたものを読み返していたのですが、たまたま裁判に関わる話題があと二つありましたものですから、それらについて以下に記します。 |
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1「なだしお」裁判 さて、今回の事故ですぐに想起されるのはいわゆる「なだしお」事件ですが、あの時は過激なマスコミの先走りと扇動によって国民が引きずられ、なんと裁判所までもが悪乗りをしてしまった、という状況がありました。 その「なだしお」裁判の状況について、極めて当を得た論評を載せた本があります。小堀敬一郎著「再検証東京裁判」という本でして、その中に1章を設け「再検証『なだしお』判決」と銘打って、主に横浜地裁の判決文(400字詰め原稿用紙135枚相当)を基に「そこに表れている幾多の論理上の欠陥、判断の誤謬等を指摘し、この様な不条理な司法裁定が通用する現在の日本の社会にひそむ或る種の病弊に説き及ばんとして」書き進められ、その成果がそこに存分に書き表されております。 事実関係をざっと記しますと、事故そのものについては、第1審地方海難審判庁、第2審高等海難審判庁において合計15回の審判が開かれ、その結果は「海上衝突予防法第39条「海員の常務」が適用されるとして双方の過失責任は同等である」と裁決されました。 <(参)なだしお・第1富士丸衝突事故の概略> |
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2 土曜プレミアム映画(テレビ)「それでもボクはやっていない」 昨日(3月1日)夜、表題の映画がテレビ放映されておりました。途中から見たのが残念に思いましたほど良い映画でした。内容は、ある青年が電車内での痴漢犯人として逮捕され、弁護士(役所広司)とともに実証作業などを行いつつ反論にこれ努めるのですが、裁判官の恣意的な判断により有罪にされてしまう、というものです。 映画の最後の場面は、裁判官が判決文を読みあげる場面ですが、それを聞きながら被告は次のように自問自答するのです。「(主旨)裁判所と言うのは、真実を明らかにするところだと思っていたが、結局は判断材料をとりあえず集めて、そしてとりあえずの判断を下すだけの場所に過ぎないのだ。裁判官も真実が分からなかった。真実を知っているのは自分だけだ。だから、自分はこの裁判官をさばくことが出来る。自分は無実である。」と。 まさにそのとおり、生身の人間が裁くのですから、ポカがあったり、意図が働いたりするのは当然と言えば当然です。が、それが多すぎるように思います。裁判官の世界も結局は今の日本の縮図であるからです。であれば、自分の身は自分自身で守るという鉄則を立てて行動することが肝要であるということになると思います。 (私事ですが、悪徳不動産屋を被告にして裁判を起こし、しばらく東京簡易裁判所に通ったことがあります。そのとき、この映画の主人公と同じような感じを持ちました。私の場合、相手は出頭命令にもナシのつぶてでしたから、出頭命令が届いていないのか無視しているのか、その点を確かめる必要が出たのですが、そのことを調べるのは私の仕事だ、と裁判所は言うのです。郵送あて先に当人が居るかどうか、つまり、文書が届いているかどうかはっきりしないと次の手続きに移れないと言う訳です。 裁判所というのは原告、被告に関する判断材料が裁判官の机の上に揃ったら、判断します、という訳です。また、判決がでて、相手の財産を差し押さえをするという段階になった場合、差し押さえるべき財産(預金通帳、車など)は私が探し出さねばならないともいわれました。最初は、おかしいと言ったのですが、すぐに、おかしくともそれが実際であると納得させられてしまいました。それが、裁判所なのですね。) 「裁判所」という立派な名前がついていても、実態はこんなものなのです。(ちなみに「東京裁判」は裁判ですらありませんでした。) |
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3 「明日への遺言」-岡田陸軍中将の法戦
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| ☆ひとりごと | |
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20.1.26 |
心を動かされた2つのこと |
この数日の間に、琴線に触れる2つのことがありました。 |
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| その1 昨日(1.25金)、ある映画の試写会に行って参りました。 タイトルは「南京の真実 第1部 七人の「死刑囚」」というものです。 昨年2007年は南京陥落の1937年から丁度70年に当たるというので、諸外国において(中国による裏からの支援のもとに)10本近くの南京大虐殺をテーマにした映画が作られました。その後、どこでどのように上映されてどういう評価がされているのかあまり聞こえてきませんが、少なくとも10本近くの映画媒体が偽りの歴史記録としてこの世に残ることになったという事実には大きいものがあります。 そのような状況の下、我が日本から、南京大虐殺などなかったのだという真実の姿を世間に知らしめ記録として残さなければならないという動きがあり、この映画が作られることになり、昨日試写会の運びとなったのでした。 映画の内容についてですが、試写会場ステージに挨拶に立った監督がみずから、この映画は「淡々と事実を描く」という基本姿勢で作ったもので、扇動的なものはもちろんのことエンタ−ティンメント性もない、と述べられたとおりで、娯楽性のある映画ではありません。まさに真実のみを記録しようとするものです。これを聞いて味気ない内容を予想したのですが実際は、適度な味付けがちゃんとしてありました。 映画の内容にもどりますが、映画は、東京裁判で絞首刑を宣せられ、昭和23年12月23日(当時皇太子、現天皇陛下誕生日)、巣鴨プリズン(現サンシャインビル付近)で絞首刑に処せられた東條英機元首相以下七人の方々の、処刑執行前一日の動きを回想シーンを交えながら再構成したものです。従って、シーンのほとんどは巣鴨プリズンの独房と絞首刑場など数箇所ですし、登場人物もこの7人と、この7人の最期までを看取った花山信勝教誨師を軸として、死刑執行側の米軍人数名などしか出てきません。それなのに、上映時間はなんと3時間。普通なら、途中寝てしまうところですが、最初から最後までぐいぐいとひきつける内容で、また映画としての味付けも適宜、上手に施してあって長時間を感じさせないものに仕上がっていました。エンディングには、会場から大きな拍手が沸きあがったほどでした。(もっとも、観客(約1000人)も、この寒い中を見に行こうという、私と同じライト系の人たちであったからかもしれません。) この映画はシリーズの第1作で主に国内向けだそうです。(この第1作には和歌が多く取り入れられるなどしており、私たちには良く分かりますが、外国では分かりにくいでしょう。)第2作「検証編」第3作「アメリカ編」が(多分外国向けとして)予定されているそうで、これらも含めて広く観られるとよいとほんとに思います。
ここまでで、少し疲れましたが、もうひとつの書きたいことがあります。 |
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その2 「淡々、粛々と適正な活動に努め、国民の期待と付託に応えられるよう精一杯努力する。(活動中断で損なわれた)信頼回復に全力を尽くします。(民主党の小沢代表らに補給活動は)憲法違反と言われたが、われわれにも意地と誇りがあります」 この最後の言葉は問題を呼びそうな内容ですが、私は自衛隊員と(良識ある)国民の今の気持ちを代表した、立派な言葉だと思います。この、物議をかもしそうな思い切った表現がまた、その思いの強さを良くあらわしており、この意味でも立派なものです。私は、これまた、偉いと心底思いました。どんな人か顔を見てみたいくらいです。 さて、この最後の言葉は、まさしく小沢一郎氏に向けられたものです。小沢さんは、なんと釈明しようと結局のところは日本国の足を引っ張っています。小沢さんは自分の政治活動の全てを、政権をとることだけに集約しているからです。自民党を蹴落として政権を取りさえすれば良く、それ以外のことは国が乱れようが世界の笑いものになろうがどうでも良い、と言うわけです。インド洋からの撤退では、そのとばっちりを現場の海自部隊のみならず日本国、日本国民が受けて、満座の笑いものにされてしまったのですが、そんなの関係ないという訳です。国の名誉や誇りなどなどよりも「とりあえず政権なのだ」と思っているとしか思えません。 上のように、コップの中の争いに精を出すことしかしていない小沢一派、一方、身体を張って国家の存続のために戦争をしている映画監督「水島総」氏、両者は雲泥の差というか、比較の対象にするのも失礼なくらいの差になっていると思いますね。 佐伯1佐はそこのところを、ぴしゃりと言ってくれた訳です。 こっちの発言にも私は涙が出そうになりました。
参考<23日夜の福田首相と記者団のやりとり>
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| ☆ひとりごと | |
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19.12.18 |
焼き場に立つ少年 |
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戦前戦中を暗黒の世界のように言う人たちがたくさんいますが、そういう人は、この話を読み写真を見て、「戦争の悲惨さ」を声高に唱えるのでしょう。しかし、もちろん、そう言い切れるものではありません。それは事象(歴史)の裏と表のどちらにより強い光を当てるかで、変わるからです。また、そんなに簡単に片付けられても困ります。 私たちは、その「戦争の悲惨さ」に負けることなく歯を食いしばり、悲しみをこらえ、そして毅然と「公」を意識して立ちつくす少年の姿に心を打たれ、そこにある種の美しさを見出すのです。 この写真とともにこのような話こそ、教科書に取り上げるべきです。
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| ☆ひとりごと | |
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19.10.4 |
沖縄「集団自決」に思う |
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沖縄では、例によって大集会が、地方自治体!や新聞社の力を使って開催され、また例によって女子高校生の口を借りて国家に対する非難の声を上げさせています。かわいい女子高生が満座の席での道化師の役をさせらているのですね。なんという、残酷で狡猾な人たちでしょうか。それにしてもこの人の数!(ただし主催者は11万人と言っていますが、実際は1.5万人程度だそうです。) では、ここに集まった人たちを突き動かしているのは一体何なのでしょう。 それは、単純に言い切ってしまえば、「(理解と同情はしますが、やや異常とも云える)被害者意識」と「(これに付け込む、狂った)左翼による扇情」ということではないでしょうか。沖縄の大多数の方は、自然の中でおおらかに生きておられますが、一部の先鋭化した人たち(及び本土の左翼プロども)が時にこのようにして沖縄をかき回し、更には日本をかき回すのです。(得をするのは中・韓・鮮その他。きっと笑いながら見ています。) この人たちのエネルギー源になっているのは、いわゆる東京裁判史観であるのですが、(その話はさておくとして、)これを今回のケースに引き写し、彼らの口を借りて表現すれば、「軍(=国)が住民に自決を命令した事実があるのに、それを教科書で否定した。わしゃ許せん。」ということなのです。普通の大人ならば、それが本当に事実であるか否か、冷静に証拠調べをして判断すべきであるのに、当時混乱の中の当事者達の断片的・うろ覚えの証言なるものをもとにして、「当事者がそう言っている。それに、とにかく、我々は被害者だ。だから問答無用なのだ。」と言っている訳なのですね。 そして、今、大変に問題なのは、その一握りの参集者たちの声を大真面目に聞こうとする動きが、福田内閣にあるということです。(参集者は日本国の人口からみればごくごく少数なのに、です。)福田総理以下は、事実の吟味をすることなく、なんとなくそれが真実であるかのようにみなし、「沖縄の皆様の思いを受けとめて‥」などというスタンスで対処しようとしています。 論点は、ただ一点「軍の命令があったか、なかったか」です。(従軍慰安婦問題と全く同じです。) 「集団自決はありました。しかし、それは軍の命令によるものではなく、軍の命令があったかのような誤解がされて、あるいは自発的な判断のもとに集団での自決が行なわれた。」というのが真実に近いのです。 当時沖縄には、準軍人/軍補助員ともいえる「防衛隊員」という存在がありました。正規に徴用された兵隊ですが、主たる業務は戦闘補助作業員というようなもので、おおむね銃器は持っておらず、手榴弾程度の装備であったようです。 防衛隊員は、当時は当然と考えられていた自決が楽にできるようにと、いわば好意をもって家族/村民に手榴弾を手渡したのです。ところが受け取った側、あるいはその状況を見た人にとっては、防衛隊員すなわち「軍」が、これで自決せよと言っていると受け止めたわけです。(もしくはあえてそのようにみなしたのです。)この辺りの話は、このように単純にひとくくりにして言い表せるものではなく、このほかにいろいろなニュアンスが絡み合っているのですが、詳しくは、後記の曽野さんの著書を読んで下さい。しかし、いずれにしても、軍が命じたのではないという一点についてだけは、はっきりとしています。 (最近、軍は「関与した」という言い方がされているようですが、そんなことをいうのなら、包丁を使った殺人事件で、包丁製造会社は「関与した」ことになるのでしょうか。それに近いハナシだと思えます。) 沖縄の集団自決については、座間味島で五十二人、渡嘉敷島では三百二十九人といわれています。前者の座間味島では、命令を出したのは村の助役で、軍の命令はなかったと住民側の証言で明らかになっているようです。↓ また、後者の渡嘉敷島については、下欄(※)のような極めてリー ゾナブルかつ決定的な証拠があります。 (要は、命令はなかった。慶良間島の先任指揮官赤松陸軍大尉署名による命令書なるものが存在しているが、それは自決された方の関係者が遺族年金を受け取れるように、戦後、赤松大尉了解の下にいわば捏造されたものであった。) また、渡嘉敷島の件について、曽野綾子さんが、「ある神話の背景−沖縄・渡嘉敷島の集団自決−角川文庫」という本で、やはり軍の命令はなかったという論証をされています。(同著は絶版になっており、最近「沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実―日本軍の住民自決命令はなかった!」という名前で再出版されています。) 曽野さんは、命令はなかった、と言っておられます。 この本では、まず、軍命令説のおおもとになったのが、沖縄タイムス発刊の「鉄の暴風」であることが示されています。そして、この本を種本にして、あちこちで孫引きがされ、現在の情勢にいたっているのです。かの大江健三郎もこの本から孫引きを行い「沖縄ノート」という本を書き、その中で赤松大尉を臆面もなく罵倒しています。 (大江は、かの本を著すにあたって一度も裏付け調査をしていないようですが、)曽野さんは、現地での綿密な聞き取り調査を行い、集団自決という異常な事態に至る経緯を、赤松大尉の立場から、また住民側の立場からほぼ忠実に再現しておられます。曽野さんの基本姿勢は、ひたすらFACTS(事実)をのみ積み重ねるという誠に真摯な姿勢であり、それが揺るぎない大きな説得力になっているのです。そこには、巷間言われる非道な軍部が死を強制したというような状況は全くなく、
次に、曽野さんの本の中で個人的に関心を覚えた箇所を抜書きします。(関心のあるかたはどうぞ) ■なぜ人々は自決したのか。そこにこの問題の大きな鍵がある。金城重明氏は、それは。戦争という異常心理に歪められた「愛」だと言った。敵にとらえられれば、男はなぶり殺しにされ、女ははずかしめられて海中に捨てられる。そのような恐怖は沖縄本島にもあった。米軍の進駐してきた当時の本土にもあった。私は石川県金沢市で米軍が来るということになると、改めて田舎に女子供を再疎開させた人々を、知っている。 そのような運命に会わされるくらいなら、自分の手で家族らを安らかに眠らせてやった方がいい。そこで、父や、年のいった息子たちはその役目を買ってでたのであった。更に、自決は気力のいる仕事であったから、男手のない家庭に対しては家族でない誰かがその面倒を見てやらねばならなかったのである。 ■(曽野氏の聞き取りに答えて「赤松隊長」の言葉) ■「軍は国民を守るためのものでしょうに」という発言を、私は沖縄で何度か聞いた。なぜ、ひとつの国家が戦争するか。それは、自国の国民(の生命・財産・権利など)を守るためではないか、という答えに現在のわたしたちは馴れている。しかし、その場合の国民というものの定義は明確にされていない。おそらく、全体としての国民なのであり、「大の虫」を生かすことなのであろうと思われる。 -参考---
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| ☆ひとりごと | |
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19.8.11 |
出口のない海 |
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係の方に聞くと、この猛暑日に、この映画会・講演会に集まった人の数は550人だったそうです。 以下蛇足です。 |
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| ☆ひとりごと | |
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19.7.5 |
特務艇(迎賓艇)はしだて |
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海上自衛隊特務艇ASY-91「はしだて」で行なわれた洋上懇談会に、夫婦でお呼ばれ致しました。 |
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「はしだて」が係留している晴海埠頭まではタクシーで参りましたが、桟橋に着くと白制服の自衛官がてきぱきと訪問客をさばいており、舷梯(げんてい;岸壁から船にあがるための階段)の前では夫婦での記念写真の撮影が順番に行なわれ、舷梯を上り舷門に整列した当直員の敬礼を受け、上甲板に入ると飲み物がさっと差し出され、‥といった具合でした。慣れているというか、良く訓練されているというか、さすが海上自衛隊という感じでした。大変嬉しく、また懐かしく思いました。
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「旗甲板(はたかんぱん)」です。 通常は、旗りゅう信号をするためだけのエリアなので、なにも無いのですが、本艇は迎賓艇ですので、木製の椅子が作りつけてあります。 写真の左右に見える縦の筋は、旗を上げ下げする時に使用するロープ(ヤードという)です。1905年日本海海戦の際には、戦艦「三笠」のヤードに「Z(ゼット)旗」が掲げられました。 |
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![]() 「はしだて」はベイブリッジの下を通過し東京湾へ向けてゆっくりゆっくりと航行を続けました。私は、この会が東京湾クルージングと銘打ってありましたので、夜景のきれいなところを走りまわるのかと思っていましたが、気がつくとベイブリッジを少し遠くに見る辺りで、艇は航行を停止しており、パーティの間はずっとこの状態でした。 考えてみれば、パーティですから物見遊山する必要はまったく無いわけでして、また、夜間の危険性もある東京湾内を走る必要も、これまた、まったく無いわけですね。 |
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